【birthday snow】
「毎晩、騒々しいね」
12月に入ると、クリスマス仕様のイルミネーションやディスプレイに彩られて、街は一段と華やかになる。
衛の部屋からは六本木の賑やかな様子が伺えた。
クリスマス。
一年のうちで一番、夜が飾られる時期だ。
「歩いてる奴ら、みんな酔っ払いだ。・・・人間ってこうして見てる分には飽きないよ」
「フィオレ、寒いからもう中に入ったらどうだ?」
シャツ一枚の格好で、フィオレは先程からずっとベランダから下界を見下ろしている。
読書に区切りのついた衛は、フィオレを追って窓を開けた。
「……今夜は随分冷えるなぁ」
外の外気に触れた途端、衛は身震いする。
しかし、高層の部屋に吹き込む風に髪を靡かせて、フィオレは寒さなど感じてはいないようだ。
「衛くんも見てごらんよ。いい眺めだ」
「……ああ、クリスマスシーズンで、街のあちこちが電飾のツリーだらけだな」
「クリスマスって世界規模のバースディなんだろ?」
「まぁ、簡単に言えばそうだけど。意味合いは色々、様々なんだが…」
「変なの。二千年も前に死んだ奴の誕生日を祝うなんて、地球人はどうかしてるよ」
フィオレは呆れて溜息を付く。
衛はどう説明すればクリスマスの意味を伝えられるのか、上手く言葉に出来なくてもどかしくなる。
「君は何故祝うの?地球の王子様」
「オレは信仰心は薄いから、雰囲気に便乗して楽しむだけだよ」
「ふぅん」
「……でも、時々不思議に思うんだ」
「………?」
「月の王国も、地上の王国も、キリストが生まれるずっとずっと遠い昔に滅んだのに、その記憶のかけらを持つオレは、こうしてここに存在している」
衛は空を見上げた。
地上の灯火を映し出して、星の輝かない夜空は随分と明るい。
「オレは一体何なんだろう、って今でもよく考えてしまうんだ」
「……それは僕も同じさ」
フィオレは衛の腕に身を寄せた。
冷え切ったフィオレの身体が、衛の肌の温もりを求める。
触れると確かにフィオレは「存在」し、衛に直接、「気配」も「鼓動」も伝わって来る。
「そうだ!」
「何?」
突然、衛が大きな声で叫んだ。笑顔でフィオレの顔を覗き込む。
「クリスマスを、フィオレの誕生日にしよう」
「どうして?」
「世界中が祝う日だからさ。ケーキも食えるし、うってつけの日じゃないか」
「皆が祝ってくれるのは僕じゃないよ」
「オレがお前の為に祝うんだ」
「僕は衛くんの誕生日を知らない」
「知らなくて良いんだ。オレがフィオレを祝いたんだから」
「……うん、衛くんがそうしたなら、それで構わないよ」
フィオレは衛の肩に頬を寄せて微笑んだが、その寂し気な表情は、衛には伝わらなかった。
「今夜は本当に空気が冷たいな。こりゃ、雪が降るかも知れないぞ」
「クリスマスに雪が降れば良いと思ってる?」
「ホワイトクリスマスになるからな」
「………」
「嫌か?」
「雪は終末の地に降るんだ。花の枯れた荒れた星が雪で覆われるのを、僕は知っている」
「フィオレ」
「僕の誕生日に雪が降ると、僕の花は枯れちゃうよ」
「フィオレ、オレはそういうつもりで言ったんじゃ…」
「ごめん。解ってるよ。衛くんは、僕を存在させるために色々考えてくれてるんだね」
「え?」
「僕は君に忘れられたら存在しなくなる。そうなれば僕はとても哀しいけれど、そうなることを脅えているのは衛くんの方だから」
「フィオレ…?」
雪を運ぶ冷たい風が、二人の頬を撫で、身体を冷やしていく。
街の灯りは賑やかにビルや通りを彩っていたが、それを見下ろす衛とフィオレを温めてはくれない。
「オレはもう、お前を忘れたりなんかしない」
「でも君は、“忘れること”で逃れる術を知ってる。いつでも僕のことなんて忘れられる」
「そんなことしないさ!」
衛は思わずフィオレの身体を自分に寄せた。
フィオレはその腕をとって、反対に強く衛の身体を抱き締めた。
そのまま激しくキスされる。
衛は逆らわずに、フィオレの舌に自分の舌を絡ませて、深く何度も唇を貪った。
フィオレが身体を求めてくる理由を衛は知っている。
淋しいとか、愛しいとか、そんな気持ちは勿論だが、何よりフィオレは、衛がフィオレのことを“幻”だと思っていることを知っているからだった。
己の実体を感じたくて、フィオレは衛を求めてくる。
衛も自分が拒めない理由は、きっとフィオレの存在を認めてやっていないからだと解っていた。
孤独をさまよって漸く出遭った家族。
うさぎ。手に入れた幸せ。
その途端に「忘れないで」と言った、幼い頃の幻影に想い出の向こうから呼び戻された。
「……オレはもう戻りたくない。オレは自分が何者なのか、もう知っている」
「衛くん……」
「だからフィオレを認めてやれない。だから抱いてやれない。
……なのに、拒めない。だから、拒めないんだ…」
フィオレは今度は優しく微笑んだ。
「……いいよ、解ってる。だから僕が君を抱く。君は僕に抱かれてくれる。僕達はそうやって繋がることが出来る。君の温もりを与えられれば、僕の花は枯れない」
「フィオレ……」
瞼に、頬に、唇に。
フィオレのキスは優しい。
「衛くん、今夜は寒いね」
「ああ…」
「キスが凍っちゃいそうだ。部屋に戻って、ベッドに入ろうよ」
「そうしよう…」
無償に肌の温もりが恋しかった。
抱き締めて、互いに貪って、快感を共有したい。心が我儘になる。
「今夜は雪が降るかも知れないよ?」
「…朝には止むさ」
「ねぇ、衛くん」
「……何?」
「……君は僕が君の事を忘れてしまう、なんて事…、考えたことはあるかい?」
「…フィオレ・・・」
雪のかけらが舞い降りて来る。
衛の瞼に、頬に、唇に。
冷たく白い雪の結晶が触れた。
「そんな顔しないでよ」
「フィオレ、オレは……」
我儘な心から涙が溢れて、衛を濡らした。凍てついた夜の空気が衛を包んだ。
「僕は君の側にずっと居る。忘れるのはいつも君の方だよ」
「………」
「衛くん。大丈夫だよ。僕は君を忘れない」
「フィオレ……」
フィオレのキスは、温かかった。
■END■
う・・・。なんかクラ〜い。抽象的でナーバスな内容になってしまいました。 衛とフィオレの物語(劇場R)は、フィオレが我儘な印象が強いですが、実のところは衛の方がもっともっと我儘なんです(笑) エロモードに切り替えると、この後のベッドシーンはかなりハードになる筈なんですが、たまにはポエミーなものも書いてみたかったので、ここで終わり。エロじゃないものだって、たまには書くんだも〜ん。 行事ものはいつも書こうと思った時には季節が変わってしまうので、今回は珍しく少々早目に書いてUPしてみました。エライじゃん!え?一年前に書いたものがようやく今頃、ですって?失敬な!! 2004.11.06 >゜))))彡 |