ヰタ・マキニカリス  1



「お客さん、そいつぁ、格安だが…」

 店の主人は、片隅に置き去りにされていたガラクタの埃を掃いながら眉を顰めた。

「中古品だよ。あちこちにガタが来てるし、肝心の部分が機能していないんだ」

 今日の客は珍客だ。
 価値のない安物なんかに気を奪われては困る。
 店主は浮かれて他の商品を勧めた。

「こっちの新品は役に立つよ。体格はしっかりしてるし、動きも俊敏だ。
…おっと。お客さんのような方が、こいつを必要となさるってのも妙な話だが」

 訪れた客は、身の丈六尺の大柄な男だった。
 ふらりと店を覗き、隅に置いてあった、中古で粗悪な用心棒に目を止めた。

「羅狼さま。そのようなもの、いかがなさるおつもりで?」

 男の背後に隠れていた少年が、脇の隙間から覗き込んで目を細める。

 気まぐれに異国の町を散策し、何気なくこの店に入った。
 骨董品や武具、呪い道具一式に妖の標本、果ては胡散臭い時間旅行機まで。
 何でも取り揃えている雑貨屋だ。

 異国のものは興味深い。
 まだ若い風午は少年らしく目を輝かせて、見慣れぬ品々に目移りした。

 だが、羅狼は。
 埃を被った安物の用心棒の前から、一向に動かない。

「あんたらは、ご領主様んとこに居なさる、明からの客人だろう?」

 羅狼の気を引く為に、店主はあれやこれやと、取っときの品を並べた。

「そんなものより、これはどうだい? こいつは珍しいもんだよ。不老不死の薬だ」

「え? 不老不死の薬?」

 あれこれと物色していた少年が、驚いて声を上げる。

「本当か? 本当にそれは、不老不死の薬なのか?」

「ああ。こいつは貴重な品だ。滅多な事じゃ出ないお宝だよ」

「羅狼さま! こんなところに、仙薬が! 親父、幾らだ? そいつは!」

 異国に来た目的は、皇帝陛下に謙譲する不老不死の妙薬の為だった。
 薬になる材料の確保が、羅狼と風午たちに与えられた任務である。

「気に入ったようだねぇ。うーむ、でもこいつは、少し値が張るんだ」

「そんなに高いものなのか?」

「あぁ。世界中探しても、滅多にお目にかかれないものでな。金にして数千両…」

「……国に掛け合えば、払えん額でも」

 風午は本気で、手に入れる算段を企て始めた。
 奪えば良いとは、即座には思い浮かばぬところが、まだ少年だ。

「まぁ、お待ちを。そちらも滅多な事じゃお目にかかれないお方だ」

 店主は少年ではなく、羅狼に持ち掛けた。

「貴重な薬だが、あんたの、その青い目玉1個となら、交換してやらんでもない」

「目、だと? …羅狼さまの?」

 風午は思わず、羅狼を見上げた。

 羅狼の髪は金色で、瞳は青い。
 西の他民族の血が、羅狼には流れている。

 羅狼の容姿は国でも稀であったが、ここでも珍獣らしい。

「…俺の。この、目か?」

 中古の品を見つめていた羅狼は、店主に視線を移した。

「そう。その海の色をした目は大変貴重だ。この不老不死の妙薬とでも、釣り合いが取れる珍品さ」

「羅狼さま…!」

「どうだい? その目と交換ならこの薬を渡すよ」

「では、お前。その薬を飲んでみせろ」

「へぇっ?」

「それから俺が斬ってお前が死ななければ、この目を代金にして、薬を買ってやってもいい」

 青い目で、羅狼はニヤリと笑った。
 店主は気拙そうに後退りをし、冷や汗を拭った。

「ひぇぇ、まぁ、これは、その。…これは実はまがい物でして…」

「何だとっ!? 貴様っ!」

「き、貴重な品ゆえに、本物は、その…、実は、ここには…!
い、今は手元になくとも、…その、別の場所に、ちゃんと…!」

 風午に睨まれ、店主は下手な言い訳をしながら言葉を濁す。
 にじり寄られ、冷や汗を掻きながらジリジリと後ずさりした。

「親父! インチキしようしたな。しかも羅狼さまの目と取引しようなどと…!」

 風午は怒りに満ちた目で、殺意を向けた。
 店主の顔は、見る見る蒼褪めて行く。

「…風午。もう、いい」

「羅狼さま…!」

 腰の剣に手を掛ける風午を、羅狼は制した。
 命拾いした店主は、大きく安堵の溜息を漏らし、汗を拭う。

「不老不死の薬など。金で買えるものならば、苦労もあるまい。
それより、こいつは幾らだ?」

 ガラクタ扱いされて埃を被っている一人の用心棒から、羅狼の興味は離れることはなかった。

 用心棒は地べたに腰を下ろし、足を組んで壁に凭れて眠っている。
 店主がはたきを掛けるもの構わず、店の雑踏など気にもしない様子だ。

 顔に二つの大きな傷跡。
 中古品ではあるが、まだ若い青年だ。

「…羅狼さま、何故そんなものを」

「………」

 不信に思う風午に応う事なく、羅狼は用心棒を鋭く睨み付けた。

 -----ヒュッ!

 一瞬の後、羅狼の手に握られた剣が宙を切った。

 剣が激しく何かを叩く音が響く。

 風午が瞬きすることも叶わなかった間に、振り下ろされた剣先を用心棒の刀鞘が受け止めていた。

「………!」

 一瞬の沈黙。
 二つの瞳が、視線を重ねる。

 眠っているとばかり思っていた用心棒は、素早い身のこなしで剣を避け、羅狼同様の鋭い眼差しを向けていた。

「羅狼さま! どうなされました!?」

 ただならぬ一瞬の緊迫に、風午が身を構えた。

「……ふっ」

 羅狼は、青い瞳を輝かせて微笑した。
 仕掛けた剣を引き、ゆっくりと腰に納める。

 カチリと鞘が鳴ると共に、用心棒の双眸からも鋭い眼光が消えた。
 受け止めた刀を元のように腰に挿すと、迷惑そうに羅狼を睨んだ。

「お、お客さん、何をなさるんで!?
いくらガラクタと言えども、商品だ。弁償して貰うよ!」

「あぁ。…買った! こいつは幾らだ?」

「羅狼さま…!」

 何事もなかったかのように大欠伸をする用心棒を、羅狼は嬉々とした表情で見つめた。
 その恍惚に満ちた表情は、風午には決して見せたことのない面だった。

「まったく物好きなお人だ。
こいつは、高いとはお世辞にも言えない代物でさ。
中古も中古。何度も使われているから、身体は傷だらけ。
おまけに、こいつの刀はこの通り。ご覧のように使い物にならない」

「………」

 用心棒の刀は、抜けないように鞘と鍔を布切れで結び付けてあった。

「こいつは何故、使えぬ刀を挿している?」

「刀を持たない用心棒など。
使えぬ刀でも、無いよりはマシ。飾りに持たせている次第でして」

「……面白いな」

「正直、とても用心棒としての仕事はこなさんでしょう。
まぁ、だが中古にしては、まだ若い。磨けば愛玩用として楽しむことくらいは出来ますかな?」

 店主はジロジロと用心棒を眺め、好色に価値を見出そうとする。
 少年はそんな店主に、顔を紅く染めて鋭い眼差しを向けた。

「…ああ、それからこいつには翻訳機能が付いておりませんよ?
それでも構わないってんなら、多少は負けておきますがね」

「幾らでも構わん。風午、支払いを頼む」

「羅狼さま。とんだ無駄使いですよ」

 羅狼が物を強請るなど、滅多にないのだ。
 風午は渋々と、店主が提示する金額を支払った。

「こりゃ、どうも。お客さん、またご贔屓に」

 ダダ同然の品にそれなりの額を付けた店主は、満足気に笑いを浮かべる。

「ほら、お前。ちゃんとしないか」

「……決まったか?」

 今まで黙していた用心棒が、ようやく口を開いた。

「こいつに買われたようだな。……長い間世話になったな、親父」

 腰を起こし、羅狼と視線を合わせる。

「貴様、名前は何と言う?」

「………」

 羅狼は尋ねたが、用心棒は応えない。

「羅狼さま。こいつには翻訳機能がないんです。こちらの言葉は解らないんですよ」

「そうだったな」

 店主は商売柄、言語には長けていた。
 異国に他国、妖の世界に、古き世界。 幅広く、客の相手を務めているらしい。
 このような店では、最初から翻訳などの便利機能を供えた商品も多い。
 だが、中古品には取り付けられてはいないようだ。

「白鸞さまが、言語を解する万能薬をお持ちの筈です。
あとで分けて戴きましょう」

「……まあ、言葉など必要はないがな」

「はぁ?」

「だが、呼び名がないのも不便だ」

 用心棒の顔を覗き込み、羅狼は微笑んだ。
 そして自身を指し、耳元に口を近づけて、

「羅狼」

 ゆっくりと、自分の名前を告げた。

 低い声。異国の名前。
 金髪碧眼の異人の名前が、用心棒の耳にじわりと残る。

「………」

「お前の名は、何と言う?」

「……名無し」

 言葉の理解は出来なかったが、用心棒は応えた。

「俺には名前が無い。…だから、名無しだ」

 店主が羅狼に通訳する。

「こいつは名前が無いんですよ。だから、名無しだと…」

 風午は訝し気に眉を顰め、羅狼は口の端を弛ませた。

「さて。じゃあ、行くか」

 名前の無い用心棒は、刀を腰に挿し直して軽く伸びをした。
 新しい雇い主に下手な愛想笑いをして、店を出ようとする。
 
「おい、こら、勝手に先に行くな!
 まったく…、使えない中古品の上に、名無しだなんて…!」

 風午は胡散臭い目で、用心棒を睨め付けた。
 用心棒が自分より背が高い事に気付いて、不満な表情を浮かべている。

「ふん、でも安物のガラクタには名前など必要ないか。 ねぇ? 羅狼さま」

「あぁ。……良い名だ、な」

 羅狼は、愉し気に笑った。


−続く−

2007.11.05


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