封印
“生きている”実感はいつも手に宿る。
戦で鬼になって、人を斬って、斬って、斬って。
赤い髪も、牙を剥き出しにした顔も、禍々しい存在自体にどっぷりと血を浴びて。
勝ち鬨の奮えに、気付かぬうちに負っていた刀傷や骨の痛みにようやく気付く。
痛い痛いと叫ぶ躯を引き摺って、元来た場処へと帰りゆく。
寝場所に戻って、深い眠りに落ちる。
動けぬままに、稀に節介な奴の施しを受け、どうにか傷を癒すまで。
鬼でもなく人でもなく、ただでくの坊のように横たわる。
こんなにも痛いのに。
こんなにも身が裂けそうなのに。
まだ死なない。
今は鬼でもなく人でもなく、ただ横たわる物だから、命は動かない。
空っぽの“物”でしか無い時にどんな事を考えているのか。
次の戦に出る頃にはいつも忘れている。
覚えていられたなら、もっと別の場所で生きられるのかも知れない。
だが、そこもまた別の戦場だ。
どうしても、逃れる事が出来ない。
違う。
いつも、ただ彷徨っているだけ。
違う。
自分に似合う場処だから、自分が生きていられる場処だからここに居る。
何処へ行こうとも、何度でも還る。何度でも戻る。
目覚めた時にはいつも、そう思って拳を握り締める。
戦で奪った生命など、空気のように軽くて、指の間から抜け出してしまう。
斬る瞬間。
いちいち覚えてはいない。欠伸をするのを意識しないのと同じだ。
時折、恐怖に引き攣る相手の顔が見える時があるが、そんな時きっと自分は笑っているのだと思う。
戦での死に様とはこんなものか。
こんなにも簡単に終るのか。
笑うのは、滑稽だと思えて可笑しくなるからだ。
痛みが和らいで来た頃に、空腹で目を覚ます。
生きたいと叫ぶ身体が食い物を欲する。
やっと動かせるようになった手を、ゆっくりと動かして。
左右五本ずつ、ちゃんと残った指を曲げる。
生きている実感。
いつもこうして拳を握り締めた時に感じる心地好さ。
その時の自分は笑っているのか、泣いているのか。
腕を伸ばせば届きそうな、すぐ傍にある過去。
肩に触れて振り向かせて、鬼の表情を確かめたいのに、どうしても出来ない。
今は、そこでいつも目が覚める。
俯いた顔を上げると、黒い髪が目を覆う。
また嫌な夢に捕まった。
名無しは、吐き出すように溜息をついた。
終
2008.11.11
※若い頃の名無しは、戦場で無謀に暴れて鬼と呼ばれながらも、普通に笑ったり、
怒ったり、まだ少年らしい明るさを持ち備えていたんだと思う。
トラウマになった件を経て、逃げられない過去に逆らわず、でも髪を黒く染めて足掻く名無しが
自分を振り返る時。
自由になれない名無しの目から視た過去の自分。それが戦場で泣き叫んでいる赤毛の自分。
過去を全部否定してる。
…そういう事でこれは、自由になってない名無しの目から視た過去の自分。
赤毛ちゃんはもっとマシに生きてたと思います(汗
鬱っとしててなんだか…。(^_^;) 済みません〜。
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